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山行記録

北アルプス 穂高~裏銀座 2011/09/10-17

メンバー: 9/10-11: N(CL)、P、C、R; 9/12-17: P(CL)、R
天候: (10日)晴れ、(11日)晴れ、(12日)晴れ、(13日)晴れ、(14日)晴れのち曇り、(15日)晴れ、(16日)晴れ、(17日)雨のち曇り、
タイム:
<9/10>
新宿(前日23:00)→上高地バスターミナル(05:10-05:55)→河童橋(06:10)→岳沢小屋(08:20-08:45)→カモシカの立場(09:50-10:05)→雷鳥広場(11:20)→紀美子平(11:45-11:55)→前穂高岳(12:20-12:45)→紀美子平(13:10-13:25)→奥穂高岳(15:40-15:50)→穂高岳山荘(16:40-16:45)→涸沢(20:00)幕営
<9/11>
涸沢(12:25)→奥又白谷の分岐(15:00-15:25)→奥又白池(18:45)幕営
<9/12>
奥又白池(05:30)→ケルン→奥又白池(07:20)→五・六のコル(12:30-12:45)→涸沢(14:35)幕営
<9/13>
涸沢(07:40)→北穂高岳(10:40-11:05)→A沢のコル(12:55)→長谷川ピーク(13:35)→南岳小屋(15:45)幕営
<9/14>
南岳小屋(06:00)→南岳(06:10-06:30)→中岳(07:30-07:55)→槍ヶ岳山荘(09:00-09:15)→槍ヶ岳(09:30-10:00)→槍ヶ岳山荘(10:15-10:40)→千丈沢乗越(11:25)→樅沢岳(14:35-14:40)→双六小屋(15:00-15:25)→分岐(15:40)→双六岳(16:30-16:35)→三俣蓮華岳(17:40)→三俣山荘(17:45)幕営
<9/15>
三俣山荘(10:50)→岩苔乗越(12:50-13:30)→水晶小屋(14:30-15:00)→東沢乗越(15:50)幕営
<9/16>
東沢乗越(05:20)→真砂岳(07:00)→南真砂岳(09:00)→湯俣岳(11:00)→湯俣(15:00)幕営
<9/17>
湯俣(09:20)→高瀬ダム(12:00)→七倉ダム(12:20-13:30)→信濃大町駅(14:00)

9月10日から19日まで年1回10日間の長期休暇。9日夜発山中1泊でN、Cと穂高。16日夜発山中2泊で北鎌山行に参加することとなった。
間の11から15日までどうしようか…。一旦、東京に帰ってもいいけど、せっかくだから前から行きたかった雲ノ平を経由して穂高から湯俣まで縦走したい。でも単独で湯俣にて北鎌本隊と合流することは許されなかった。誰か同行者がいれば可とのことで、Pが同行してくれることになった。Pの現状は厳しいが、それに感謝した瞬間。
単独であれば小屋泊を予定していたが、今回はもちろんテント泊。穂高と北鎌の食糧は各隊にお願いすることとしても、間の5日分の朝夜プラス行動食を用意する必要がある。相当な重量になるはず…。食糧の準備は全てPがしてくれることになり、わたしはガス缶5個を用意した。
シュラフ、マット、防寒具、雨具、着替え1組、ヘルメット、沢靴、ハーネス、カラビナ、シュリンゲ、ガス缶、行動食、ライト、電池、サバイバルシート、ラジオ、携帯、地図(昭文社2個+1/25000)、プラティパス、水筒、ビニール袋、救急バック、サランラップ、手ぬぐい、バンダナ、ペン、登山計画書、コンパス、コンタクトレンズ、メガネケース、歯ブラシ、サンダル、財布、カード、免許証、保険証、トイレットペーパー、コッヘル、スプーン、フォーク、バーナー
新しいグレゴリーの50Lザックに詰め込む。家を出るときは水をフルに入れて15kg弱。これならいけるだろう。

9日
21時にTと駅ホームで待ち合わせ。ベンチで本を読んでいた。私のザックをみて随分大きいねえ。20kg位あるんじゃないの?と。体が小さいと荷物は大きく見えるらしいが、以前20kgのザックを背負った時と比べると全然楽。大丈夫です!とニッコリして、手作り梅びしおを頂く。
新宿に22時到着し、夕食を食べられるところはないかとバス停と反対側に歩き始めたところでPと会う。途中のコンビニで行動食とその日の夕食を買う。バス停に向かう新宿地下道および途中のコンビニには山の格好をした人がわんさかおり、やや特殊な雰囲気だった。初めてだけど、毎週末こんな感じなんだろうな。コンビニでNとCも合流しバス停へ向かった。
茹だる様な蒸し暑さ。動かなくても汗が噴き出してくる。駐車場で夕食をとりながらバスの到着を待つ。23時新宿都庁地下駐車場発さわやか信州号に乗り込みいざ上高地へ。

10日
5時過ぎに上高地着。上高地は快晴。寝ていた体には寒さを感じる位のひんやりした空気。焼岳が大きく見える。ビジターセンターのきれいなトイレでコンタクト装着。朝食をとり、水を補充。Pからレトルトカレー大盛4袋とラーメン4袋、塩、砂糖を受け取る。これで15kg位か。ずっしりくるけど大丈夫そう。一方、Pのザックはすごいことになっている。100-120Lにおそらく30kgはないだろうとのこと。背負うのも一苦労…申し訳ないけれど私もこれ以上は担ぐ自信がなく…。やっぱり10日テント泊は無謀だったかなとうっすらよぎった。
登山客で賑わう河童橋を渡る。右手に明神岳。本当はこの山が穂高岳でそれを中心に前、奥、西と名付けられたと聞く。へぇ。これから登る岳沢が目の前にグレーの曲線を描く。河童橋を過ぎ、登山道に入る。天気良すぎ。暑い。
樹林帯を進む。やはりザックの重みで歩みが捗らない。Cに後れをとりながらゆっくり進む。私以上に捗らないのがP。やはりかなりの重みになっているようで見ているのも苦しくなる。半分は私の荷物だから申し訳ない気持ちでいっぱいだがどうすることもできず。頑張ってもらうしかない。
やっと岳沢小屋に到着。新しくなったという小屋でしばし休憩。いま通ってきた道が上高地まで続くさまが一望できて気持ちいい。しかし暑いなぁ。
岳沢小屋を後にし、重太郎新道を進む。岩場ではいつもと違い、足だけで体を持ち上げることができず、手を使ってヨイショと持ち上げやっと進む。う~。荷を背負うとはこういうことか!C、Nは順調にスイスイ進み、後れをとって休憩ポイントで待っていてもらうのを繰り返す。先行二人に完全に迷惑をかけている…。紀美子平はまだか~。一度、道を間違え、若干登り難い壁に出てしまった。すぐ左に鎖がみえたのでこのまま行ってしまおうということになる。だけどこの後どこに足かけるんだろう…。ここは絶対大丈夫だからという言葉を信じ、とても小さい岩の出っ張りに左足を置き、思い切って体重をかける。冷や冷やしながら通過。あっ、ホントに大丈夫だった。こういうところ通る時、三ツ峠行っていて良かったでしょ、とP。まあ確かに…。
ほどなく紀美子平に到着。6分の遅れとのこと。気分的にはもっとだけど…。ザックをデポして空身で前穂へ。空身になった途端、体が飛ぶように動く。力の入れ方に慣れず、始めは変な感じが抜けなかった。スイスイよじ登り山頂へ。奥穂は雲に隠れあまり拝めなかったが、上高地までの展望が素晴らしく気持ちよい。少しゆっくりしてサクサク下り、紀美子平へ戻る。
再び担いで奥穂への吊尾根を行く。途中、前穂北尾根のスカイラインがくっきり見えた。本日幕営予定の涸沢の赤い屋根も。この辺りからザックの重みがさらに堪えるようになり、歩みが遅れる。鎖に助けられながら斜面を攀じ登り、やっとの思いで奥穂山頂へ。C、Nに遅れること何分だろう。二人の体はとうに冷え切り、Cは寝ていた。もう時間も遅くなってきているし、あと30分で穂高岳山荘だから行っちゃいましょう。休憩もほどほどに山荘へ向かう。この辺りからあまり覚えていない。足は疲れ果てていたし、荷物は変わらず重いし、ただ歩を進めるのみだった。山荘に近づくにつれ、はしごや鎖が多くなり、うす暗くなってきた上に足の置き場が分からず、迎えに来たNにここに置けと指導されつつ、や~っとの思いで山荘へ到着。コースタイム30分のところどれ位かかったのだろう。
はっきり言ってかなり限界だった。今日の予定は涸沢まで下り幕営の予定だったができればここにしてくれないかな。Cはここで幕営しようとNに提案してくれたようだが、ここは水が有料なのでできれば涸沢まで行きたいとN。どお?との問いに、かなり時間かかってもよければ頑張ります、とわたし。なんでこんなこと言ってしまったんだろう。どうして素直にもう限界なので今日はここで幕営にしてくださいと言えなかったのだろう。この歩みをみてまさか今から下りようと言わないよなって何となく思っていたのだろうか?負けん気がそう言わせたのか…。
とにかく下りは悲惨だった。涸沢までの道はザレていて歩きにくく、まったく捗らない。ゆっくりゆっくり下りて行った。ずーっと下にN、Cがいる。小屋は見えているのに一向に近づかず。途中18時過ぎに休憩。カメラを片手に登ってくる青年に出会い、涸沢からここまでどれ位かかったか聞いてみる。3時間位とのこと。エ~ッ?!僕遅いんで…というが、相当まだかかるな。というか、彼はこれから下りで1時間以上の道のりを穂高岳山荘までその歩みで行くのか??ちょっと心配だが、まあ見えているところなので大丈夫でしょうとP。2/3程の所で完全に暗くなり、ヘッドライトを頼りに進む。ペナントを慎重に辿りながら、ふとするとボーっとする頭を叱咤激励し、Pにオエ~オエ~という歌を歌ってもらいながら下降。涸沢は何かイベントをやっているらしく賑やかな音が聞こえる。途中バランスを崩したPが荷物に振られ大転倒。どこか強打した様だが大事には至らず。やっぱり重いんだなぁ…。疲れているんだなぁ…。ハァ~もう一息。
向こうからヘッドライトの明かりとともにNの声。迎えに来てくれ、私のザックを持ってくれた。荷物がなくなってもペースは一向に上がらず、20時涸沢小屋に到着。Cが用意してくれたビールとトマトスープ、アルファ米のおにぎりを前に食欲全くなし。大好きなビールもほとんど残してNにお任せし、トマトスープだけ頂いて一人早めに就寝した。

11日
5時半起床。快晴。アルファ米のお茶づけと味噌汁の朝ごはん。昨日の疲れが残る二人は涸沢に待機。元気な二人は空身で北穂ピストンへ変更。7時涸沢出発。雲ひとつない空に北穂高岳が聳え、カールから見上げれば昨日通った奥穂、涸沢岳が連なる。屏風の頭、大天井方面も一望できる。何ていい天気。小腹が空いたので、行動食用に作ったおにぎりを味噌汁とさんまのかば焼きと共に食す。お昼寝してぐうたらして、11時30分頃戻った二人をお出迎え。
12時25分涸沢出発。パノラマコースを行く。パノラマコース…。私のイメージではパノラマっていったら何となく易しい道程の様な気がするのだが…。実際は崩れていたり、鎖場があったり、急登があったりで勘違いもいいとこだった。パノラマコースの標に健脚者とあった意味を理解する。展望が良かったのと、トリカブトが鮮やかな紫に咲き誇っていたのが救いだった。時間の関係で屏風のコルから屏風の頭へは上がらずに奥又白谷の分岐まで。ここでN、Cと別れ、奥又白池へ向かう。
いつもは少し下から入るんだけど、ここからでもたぶん行けるから行ってみよう、2時間で着くはず、とP。2時間以上はかかったことないからと。だけど今日の私たち、カメさんの歩みですけど…。沢の脇から道はなく、藪こぎしながら進む。やっぱり間違えたなぁとのこと。緑のレリーフから木を攀じ登る様な具合に進む。結構急だし大変な道…。聞いてないなぁ…。けど普通の登山道よりずっと楽しい。
頻回に休憩しながら進む。宝の木が目印で、そこまで行ってからすぐなようで結構遠いからそこで休憩しようというが、その宝の木がなかなか見えてこない。酸っぱ苦い木イチゴを道々とって食べながら進む。Pがあと30分位といえば1時間以上かかるし、あと10分といえば40分かかるし…。そんな風にして18時45分奥又白池に到着。既に暗くなっていた。月明かりがまぶしく、それを頼りに池の周りを歩く。暗くなってしまったのでケルンのお参りは明日に。少し下ったところに水を汲みに行き、キムチ鍋を作る。やっぱりテン場には明るいうちに着きたい。明日は絶対そうしましょうね、と早い出発を誓う。22時ラジオの気象通報を聞き、天気図作成。私は眠気に勝てず、シュラフに入ったまま辛うじて意識を保ち終了を待つ。どうやら明日もいいお天気の様。良かった。雨男返上ですね。

12日
3時50分起床。キムチ雑炊と行動食のおにぎり作成。梅しそ味のフリカケをご飯に混ぜて3個ずつ。5時30分、Pのお父様のケルンへ向けて出発。昨日は暗くてわからなかったが、池はとてもいいところだった。朝日を浴びた前穂を背後に、開けた東側を見下ろす素敵な場所にケルンはあった。ケルンを前にお父上の話を伺い、静かなひと時を過ごす。ゆっくりしたいが、今日はこれから五・六のコル~涸沢、行ければ北穂のテン場までの予定なので後ろ髪を引かれる思いで池へ下る。
7時20分奥又白池発。ブッシュの中の急な踏み跡を脇の草につかまりながら下りる。しばらく行くとガレ場に出る。これをトラバース気味に進む。10年前に来た時はこのままこのガレ場を直登したけど、あっちにペナントがあるからあっちから行こう、とのこと。踏み跡を順調に進むが、どこからか踏み跡を外して来てしまった様である。かなりな急斜面にさしかかり、足場や手がかりが乏しい。それでも何とか行けそうとのことで、Pの後を比較的大丈夫そうな枝や草をつかみながら追う。ほとんど垂直に近いところに来てしまった。しかも足場なし。頼りない枝や草を使って腕力で上がるしかないとのこと。何度かトライしたが、ザックの重みで進めず、下りてきてくれたPにザックを預けて何とか上がった。しばし休憩し再始動。またすぐに厳しい場所に来た。Pが先に急斜面を左にトラバース気味に行き、木をつかんで這い上がる。ゆっくりでいいからと言われ、ゆっくり慎重に後を追った。私の形相はきっと凄かったと思う。こんな困難を乗り越えても、次々と困難はやってきた。比較的登りやすそうなところを行くが、迷ってしまったが最後、道なき道。木をつかんで這い上がり、藪をかき分け何とか這い上がるのを繰り返す。Pの通った道ではどうしても自分では届かず、一度滑り落ちたら行ける道が見えたりした。道に出よう。とりあえずそれを目標に進む。やっと道が見えたが、そこに出るのも困難だった。足場の悪いトラバース。下は切れているし、既に腕はプルプルだし、やっとの思いで道に出る。ここから稜線を目指して踏み跡を進む。五・六のコルへ続く稜線にもうすぐ上がれるはず。今朝出発した池が下の方に見える。だいぶ登ったところで下りになり、そこからもう一つ別のガレ場が出てきた。エッ??なにこれ?これをまた登るわけ??しかもあそこのトラバースなんかヤバそうですけど…。こんなはずないんだけどなあ、でも10年前だから、もう完全に忘れちゃっているよ、と。道を間違えたのではないかと、一度戻る。しかし他の踏み跡はなく、やっぱりこれを行くしかない。意を決し、トラバース。ここ滑ったら死ぬなと思ったら、Pがシュリンゲを出してくれた。けどあれに全体重をかけたら二人とも落ちるんだろうなと思いながら、バランスだけとるようにし、思い切って切り抜けた。その後はガレ場をひたすら登る。思ったよりすんなり稜線にでて、すぐそこが目指した五・六のコルだった。2時間と言われた行程に5時間10分かかった。
びっくりした。五・六のコルからの景色は全ての疲れをふっ飛ばしてくれた。なんて素敵なとこなんでしょう。Tが絶賛するのも納得の絶景だった。ゆっくりしたかったが虫に纏わりつかれ落ち着かなかったので、しばし休憩ののち涸沢へ下った。下まで降りたら雪渓を横切り、14時35分涸沢に到着。今日はもうへとへとなのでここで幕営とする。
予想コースタイムが若干適当だったり道を間違ったりしたからということで、Pがビールをごちそうしてくれた。冷えたビールで生き返ったあと、お湯をわかして足湯をした。さらに生き返る。明日は北穂~大キレット、また頑張れそうな気がする。
夕食にカレー鍋。大変な行程で食べきれなかったおにぎりを最後にカレーに入れ、雑炊にする。梅しそとカレーの勝負はカレーに軍配があがるかと思われたが、両者の自己主張が強く、決して融合せず、ハーモニーを奏でることもなく残念な結果だった。残りは明日の朝食べよう。

13日
4時15分起床。今日も快晴。朝ごはんはチキンラーメン2個。量が多く、若干吐きそうになりながら胃に押し込む。Pのコッヘルが大きいため、どうしてもあちらが多めになるがそれでも苦しみながら完食。さすがオトコです!
食事が大変だったため予定よりだいぶ遅れて7時35分涸沢発。カンカンに照らされながら北穂目指して岩を登る。朝ごはんをあれだけ食べるとさすがにすぐにおなかは空かない。力も出る。10時40分北穂着。頂上は残念ながらガスってしまい展望なし。目指す槍を拝めると思ったのに…
11時05分北穂発。いきなり非常に急な斜面を下り始め、大キレットに突入。鎖、はしごが連続し、スパッと切れた岩場はスリル満点だ。晴れてはいるものの、ガスで下は見えない。すれ違う人と道を譲り合いながら進む。昨日と違い、鎖などがしっかりしているので怖さはあまりない。アスレチックみたいで楽しい。
12時55分A沢のコルで休憩。下からの風が心地よい。長谷川ピークまで1時間40分の行程だが、まだ着かない…反対からきて休んでいる人に聞くとまあそんなに遠くはなさそう。はしごを登り、ちょっと登り難いところに差し掛かる。ちょっとここ大変かも、と言われながらも行ってみるがやはりリーチがなく難しい。行けそうなところを見つけ、脇の方から這い上がる。ここは3級ですかと尋ねると、壁の前で2~3分考え込む位が3級かな、と。なるほど。
ほどなく両側がスッパリ切れた気持ちの良いところを過ぎ、「Hピーク」の印を発見。13時35分、北穂から2時間半かかっていた。南岳山荘は水場がなく、買わなければならないのでできれば中岳まで行きたい。ここには雪渓があり、水を作れるかもしれない。けれどこの調子だと中岳は厳しいかな。とりあえず先に進む。
長谷川ピーク以降はそれ程の岩稜もなくただ歩く。途中行きあった人に南岳山荘はどのくらいか聞いてみる。ここまで30分位だったけど、下りだからねぇと。でもそんなに早く歩ける道ではないし、下り30分なら1時間位かな、などと思いながら進むが一向に着かず。梯子を外国人の男女が下りてきた。もう15時だけど、今から北穂の小屋に行くとなると暗くなるだろうな…足取りも慣れていなそうだし…次の梯子でも若い男女とすれ違う。先に下りている青年に南岳山荘はもうすぐですか?と聞くとそうですね、もうすぐですと。下りている最中の女性がうそ!まだ全然遠いですよ!結果的には彼女の言い分が正しかった。最後の急な岩場を過ぎ、崩れた階段の斜面を登ると山荘に到着。15時45分だった。長谷川ピークから2時間10分。
緊張する行程で疲れたので今日はここにしましょうとテントを張る。ガスっていて風が強かった。他に10張位あった。お湯を沸かし、焼酎を飲みながら4時からの気象通報を聞きPが天気図を描く。明日も天気よさそう。夕食はキムチ鍋。今日は前日の反省を生かし、少なめに作る。おにぎりも前日に作っておくこと、余っても使えるようにごま塩味にした。水は雨水を3リットル購入。お腹を壊すこともあるとのことで朝沸かすこととした。

14日
4時起床。塩ラーメン1個に野菜と残ったご飯を入れての朝食。丁度良い量。行動食のおにぎりは2個ずつ。トイレはきれいで、鏡もあった。顔、かなり浮腫んでいる…浮腫みといえば、Pの両腕。始めは虫さされで腫れているのかと思いきや、痛みもかゆみもなく、夜から朝にかけては改善。ザックによる血流障害で浮腫んでしまっている様。テン場につく夕方はパンパンで、針でつついたらパンとはちきれそう。様子を見るしか方法はなく、お役に立てず。
水はご飯を炊いた鍋とラーメンを作った鍋でわかす。ポカリの粉で味をごまかし、米が浮かぶ水を水筒に入れた。
6時南岳山荘発。快晴。すぐに南岳山頂に着いた。撮影と山座同定をして中岳へ7時30分着。ここから360度の展望は素晴らしかった。振り返れば北穂、奥穂、西穂、前穂の稜線。遠くに八ヶ岳、富士山、南アルプス、中央アルプス、乗鞍、その前に笠ヶ岳が大きく、これから行く槍、その間に裏銀座の山並、双六、黒部五郎、薬師岳までずーっと見渡せてなんと気持ち良いことか。
なだらかな道を進み、9時肩ノ小屋着。ザックを置き空身で槍ヶ岳登頂。平日のせいか、混んでもおらず、山頂でゆっくり景色を楽しむ。北鎌尾根を観察。祠の後ろでここから上がってくるのだな、と期待が湧く。
10時40分肩ノ小屋発。西鎌尾根を下る。途中階段の整備をしている。こうやって歩きやすい道が保たれているんだ。傾斜がなだらかになり、ピークを外した登山道を進む。しかし暑い。休憩の木陰を探すのも一苦労。北鎌尾根を右後ろに見ながら進む。穂高、槍と比べ、穏やかな様相の山々。槍を境に全く違う世界に来たようだ。登山としては、岩の方が面白いけど、こういうゆったりした山歩きもいいものだ。日本にこんないいところがあるなんて今まで知らなかった。途中雷鳥に出会う。硫黄尾根は険しく、ちょっと異様な感じがする。いつの間にか左俣岳を過ぎ、硫黄尾根が背後にまわった。今日は朝ごはんが少なく、早くから行動食のおにぎりに手を付けたこと、おにぎりも2個しかなく、行動食は当然足りなくなった。鏡平の山荘がみえる。14時35分樅沢岳着。15時双六小屋着。そばに池がある。団体客なのか、賑やかだった。
もともと今日は双六小屋までと思っていたが、最初の方で日程が遅れてしまい、このままだとおそらく雲ノ平はいけない、それはそれで仕方ないと思っていたが、Pから、そんなに諦めよくていいのか?三俣山荘まで行けば翌日雲ノ平に行けると励まされ、先に進むことにする。流水を補給し15時25分双六小屋出発。
15時40分分岐、キジうつPを置いて先を進む。山頂に近くなると、広い草原のようなところに出た。気持ちのよいところだ。16時30分双六岳山頂。後から来たPに写真撮ろうと思ったけど先すぎて撮れないと叱られた。双六岳を下り始めから、左足腿のあたりに違和感が。登りや平地はいいけど、下りで痛みが増す。
17時40分三俣蓮華岳着。暗くなり始め、ガスって展望はないし、じっとしていると寒いので早々に下山。やはり下りでどんどん痛みが増す。左足を庇いながらおりる。やっと三俣山荘が見えてきた。ぎりぎりヘッドライトいらずのところでテン場到着。18時45分。
テン場と山荘はハイマツを境にきっかり別れていてやや遠い。重い脚を引きずりながら受付のため小屋へ。湿布が売っているか尋ねると、どうしたのか聞かれ、足を痛めたというと今晩と明朝分の湿布をくれた。小屋のトイレはきれいで広く、湿布を貼る。良くなりますように。
ヘトヘトでご飯を食べるのも億劫だったが食べない訳にもいかず。たっぷりのスープでキムチ鍋をする。今日はムリしちゃったし、明日はゆっくり出よう。小屋のウェザーニュースで週末の天気が崩れるとの予報。明日小屋の電話で北鎌本隊に連絡をとる約束になっていた。9時10分からの気象通報を聞いて、電話しようということになる。足が大丈夫そうなら雲ノ平へ。それにしてもここの水はおいしい!さすが黒部源流。

15日
5時50分起床。快晴。塩ラーメンに炊いたご飯と野菜をいれ、朝食をとる。今日は行程が短いのでおにぎりは2個ずつ。野菜ふりかけを混ぜたもの。9時10分からの気象通報を聞いて、まずTに連絡するが不在。Nに連絡がとれた。バスの予約もしてあるし、中止の考えはなさそう。テレホンカードの減りが早く、結論出ぬまま電話を切る。雨天決行にして、北鎌が無理なら裏銀座縦走に切り替えよう、とのことで再度Nへ連絡する。雲ノ平に公衆電話はなく、岩苔小谷に臨むところか、水晶小屋辺りの稜線ならドコモが通じるとの情報を山小屋より得る。
山荘からは鷲羽岳が大きく聳え、槍ヶ岳、北鎌尾根が青空にくっきりみえる。
テン場で歩く分には左腿に全く痛みは感じない。湿布のおかげで治ったかな?でも鷲羽に登る自信はなく、黒部源流標を経由して雲ノ平へ行くこととする。
10時50分三俣山荘発。沢沿いを下る。下り始めて30分もしないうちにまた足が痛みだした。黒部源流標で分岐となるが、この足では雲ノ平に行っても、翌日湯俣に下るのに相当時間がかかる。このまま雲ノ平へは行かず、ワリモ北分岐まで行って水晶小屋に抜けよう。できれば南真砂まで行きたいが、おそらくムリだから周辺で適当なところでテントを張ろう。こんな状態では北鎌はムリだ。だいたい明日湯俣まで無事下れるのだろうか。水晶小屋に行ったらNに連絡して私の北鎌不参加を伝えなくては。お願いしている行動食や持ってきてもらうテントも変更しなくてはならない。Pは今朝から全く元気がないし精彩を欠いている。おそらく北鎌山行の方針で悩んでいるんだろう。自らの調子も万全ではない中で、悪天が予想されるけど、みんな楽しみにしているし…と複雑な心境が窺える。
分岐から沢沿いをゆっくり上がる。水は冷たくきれいだが、相変わらず今日も晴天でジリジリ暑い。途中、最後の水場との標がある。地図ではワリモ北分岐付近に水マークがあるけど…そのまま汲まずに上がる。岩苔乗越には水場らしきものはなく、下りてきた人に聞いてもこの上はないとのこと。水晶小屋でも流水はないし、どこかで幕営するにしても水はここで補充した方がよさそう。Pが来た道を一人下りて汲んできてくれた。
高天原方面や薬師岳をみながら水晶岳方面へ向かう。途中雲ノ平が遠方に見えた。あれが山荘かな。あちらはまたの楽しみにとっておくとしよう。どうせ今の時期はお花も咲いてないし。
緩やかなアップダウンを繰り返し、水晶小屋到着。Pの携帯でNに私の不参加、雨天決行だが、北鎌が不可の場合、代替の裏銀座縦走には足の具合からPが不参加となる旨をし、最終判断は北鎌本隊に任せた。16日午後、湯俣で電話し最終確認とした。TからPに電話あり、同様の旨を伝える。電話をかわってTと話す。穂高の様子をNらから聞いて心配してくれていたとのこと。山でTの独特な声を聞いて何とも言えず安心した。きっとPも一緒に違いない。
どこに泊まるのかと聞かれるのが面倒で小屋の前にいる人を何となく避けて下りる。これがまた急で足に堪える。そろそろ痛みがひどくなってきた。40分程進んで東沢乗越に整地された格好の場所を見つけ本日の幕営地とした。後ろはハイマツが生い茂るが開けていて気持ちが良いところだ。16時前。
お湯を沸かして焼酎を飲みながら焚火をし、ゴミを燃やした。最後のキムチ鍋。月と星がキラキラ輝く夜空を見ながらかけがえのない今を感じる。

16日
3時半起床。今日こそは早く出て湯俣に午後イチに下りて北鎌本隊と連絡を取らねば!
5時20分出発。朝焼けの空と山々が美しい。まずは真砂岳への登り。どうして私は道を間違えるんだろう。眩しくて前が見えてないせいだけではない。たぶん歩くことに夢中で前や周りが目に入ってないのだろう。Pに何度か修正されながら岩場を進む。7時真砂岳。
南真砂にいく途中、今回辿った軌跡が一望できる場所にでた。ビデオ撮影。
南真砂の去年幕営したという場所で休憩。槍が正面に見え、気持ちよい。ここから樹林帯をひたすら下る。かなり足が痛くなってきて、急な坂に苦しむ。横向き&たまに後ろ向きに何とかゆっくり下りる。竹村新道長い…途中ブルーベリーが成っていていそいそと収穫。酸っぱくておいしい。沢山とってジャムにしよう。道々袋にいっぱいになった。湯俣岳11時。
さらに痛みが強くなり、頻回に休憩。落ちていた木の枝を杖にして進む。湯俣川や発電所の貯水池が見えてきてもう少し!と少し元気になるがここからもまだ遠い。後ろから人が来てよけようとしたらどこか悪いのか?といわれ、足を痛めていると言ったらストックを貸してくれた。昨日水晶小屋の先ですれ違った方らしい。下りは上から握るように持つんだと教わり、やってみるとびっくり。前向きに下りることができ、少しスピードアップ。15時やっと湯俣晴嵐荘に到着。長かったぁ。結局倍位かけて下りたことになる。
湯俣には公衆電話があると三俣山荘で教えてもらったのに、実際は小屋の業務用電話があるだけだった。事情を話すと快く使わせてくれた。山の人は親切なひとばかりだ。北鎌決行、明日湯俣で合流の最終確認をする。
テン場脇の川沿いに露天風呂があり、Pは足湯。私は内風呂に入った。1週間ぶりのお風呂。至福の時。湯あがりにビールで無事湯俣に着いたことに乾杯。焚火をした。焼酎を飲みながらブルーベリージャム作り。甘酸っぱくておいし~っ!明日の朝、紅茶に入れよう。
最後の夜はハヤシライス。重量はあったけど、一番もつものを最後にもってきた。夜中は左足を庇ったせいで右のお尻が病めて何度も起きた。

17日
5時半起床。夜中からテントに雨音が響く。降っている量は音の割ではなさそう。これなら北鎌いけそうだ。味噌汁にニンジンと海苔を入れ、ご飯で朝食。Pの北鎌用に2個、私の高瀬ダムまで用に1個おにぎりを作る。ごま塩&ちびちび食べていたTの梅びしお。紅茶とブルーベリージャムは最高に合う。
昨日ストックを貸してくれたおじさんに声をかけた。今日は高瀬ダムに下るという。ご一緒させて頂けないかというと快諾。しかも七倉に車を停めているとのことで大町まで送って頂くことになった。
不要になったPのテントとお米の残り、その他調味料など北鎌にいらないものをザックに詰め込む。
9時前、北鎌本隊の3名が晴嵐荘に到着。みんな気合いが入っている。行ける予感。ここでお別れ。無事な成功を願う。
9時20分湯俣発。おじさんと平坦な道を高瀬ダムまで行く。雨が弱く降り続く。50分毎に休憩。猿の家族に出会った。こちらを観察しつつ、食べ物でも狙っているのか、仕草がおかしい。そのうち左は川からダムになり、山道から林道になった。長い長いトンネルは節電のためか照明が消えていた。その代わり、入口と出口に懐中電灯が置いてあり、お使いくださいとのこと。おじさんの持つ懐中電灯は全くぶれないが私のはあちこち揺れまくる。歩き方が全然違うんだ。途中で空がみえ、雨が止んだ。大崩れはしなそう。よかった。
12時、高瀬ダムに着くとタクシーが待機していた。15分程で七倉ダムに到着。おじさんは30分足を上げて休むとのことで車の横に布団を敷きだした。轢かれないかしら?日本百高山制覇を目指していてブナ立尾根から野口五郎、水晶小屋と行ったが途中でバテて食べられなくなったから赤牛岳のピストンはやめて下ってきたそうだ。昨日は牛乳3本で凌いだそうだが、ようやくお腹が空いてきた様子。一緒に山菜蕎麦を食べたあと、大町まで送ってもらった。
駅前でおやきを買い、14時13分大町発の電車で松本へ。特急に乗り換えて帰路につく。

今回の反省点
10日間という長期の計画なのに1日の行動時間が長すぎて無理をしてしまった。結果足を痛め、計画が完遂できなかった。1日10時間程度で押さえておくべき。長くても11時間を超えてはいけない。それを踏まえて計画すること。
食糧計画をもっと綿密にして重量を減らすべきだった。
自分で考えていた以上に担げなかった。長期テント泊縦走に耐えうる体力をつける必要性を痛感した。(R)
河童橋より岳沢
河童橋より焼岳
カモシカの立場より西穂方面
紀美子平より1
紀美子平より2
紀美子平より3
紀美子平より西穂方面
前穂高岳山頂
前穂から奥穂
吊尾根より前穂北尾根
奥穂へ向かう途中、幕営予定の涸沢をのぞむ
幕営地
涸沢より北穂
奥又白池から1
奥又白池から2
雲海に浮かぶ八ヶ岳
奥又白池
前穂北尾根前穂北尾根下半部
前穂東壁と北尾根上半部
五六のコルから1
五六のコルから2
北穂稜線より前穂北尾根と涸沢
南岳より槍ヶ岳方面
南岳より笠ヶ岳
南岳から南岳山荘、北穂方面
南岳より東方面
富士山
表銀座
中岳より後立山
中岳より奥穂方面
中岳より焼岳
中岳より西穂
中岳より裏銀座1
中岳より裏銀座2
槍ヶ岳
槍ヶ岳より裏銀座、硫黄尾根
槍ヶ岳より肩ノ小屋から笠ヶ岳
槍ヶ岳から前穂北尾根
槍ヶ岳より北穂、奥穂、西穂
槍ヶ岳より表銀座
表銀座方面1
表銀座方面2
表銀座方面3
槍ヶ岳から北鎌尾根方面、湯俣
北鎌尾根独標
槍ヶ岳から裏銀座
辿ってきた稜線
雷鳥と出会う
北鎌尾根
硫黄尾根
硫黄尾根越しに北鎌尾根下半部
双六岳山頂
双六岳から三俣蓮華岳へ
三俣蓮華岳山頂
三俣山荘から北鎌尾根
三俣山荘から鷲羽山
北鎌尾根と硫黄尾根
黒部源流
岩苔乗越から薬師岳
水晶小屋へ
東沢乗越付近からの朝焼け1
東沢乗越付近からの朝焼け2
東沢乗越付近からの朝焼け3
表銀座越しに八ヶ岳
真砂近くより大天井から槍ヶ岳
槍ヶ岳から西鎌尾根、裏銀座の稜線
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